海からの穏やかな風が３人の頬をなぶり、さらさらという音を立ててその前髪を揺らしながら通り過ぎていく。
だが、その心地よさも、きっと今の彼らには無縁のものだろう。
それほどに重く、やりきれない思いが、その場の空気を支配していた。

「・・彩子さんに合わせる顔がないって・・どうして・・何でそんなことになるんですか・・
俺には分からない・・隊長は彩子さんのことを心から信じていたじゃないですか・・！！
前の時だって、回りからどう言われようと、彼女を信じて３日間待つことにしたんでしょ？？
そして彼女は裏切った訳じゃない、ただ不幸にも組織の手に落ちただけで・・」

「だからそれが問題なんだっっ！！」

拳の言葉を途中で遮り、腹の底から絞り出すような声で隼人が叫ぶ。
唖然として彼を見つめる拳と耕作だったが、それにはかまわずに隼人は続けた。

「本来なら、その可能性を真っ先に考慮すべきだったんじゃないのか？？
だが実際の俺はどうだった！？彩子が連絡を絶って初めて、俺は彼女がイアスコに捕まったのかも知れないということに気がついたんだ。
くそっ・・俺は・・俺は彩子を説得できた喜びに気をとられて、彼女の身に危険が及ぶ可能性にまで、考えをめぐらすことができなかったんだっ・・！！
それだけじゃない・・本当は・・・彼女のことも、１００パーセント信じきることができなかった・・・
逃げたんじゃないかと非難される度に、絶対に違うと反論していた筈なのに・・時々ふっと、ひょっとしたら・・という思いが頭を掠めるんだ・・・
それを自分でどうすることもできなくて・・後悔と不安とでどうにかなりそうだった・・
そんな時、エクシードラフトの隊長に就任することが決まって・・それからは残務整理でずっと忙しい日々が続いて・・そしてその忙しさにまぎれて・・俺は少しずつ彩子のことを忘れていったんだ・・・」

「でもそれは仕方ないですよ・・」

「そうですよ・・誰だって同じ立場におかれたらそうなりますって・・」

彩子のことで、当時の隼人が抱え込んだ苦悩の大きさを初めて思い知らされ、為す術もなくその告白を聞いているしかない２人だったが、ようやく訪れたこの機会に、何とか彼を励まそうと、相次いで口を開く。
が・・

「違うんだ拳・・耕作、本当は・・忙しいのを口実に、俺は自分から彼女のことを忘れようとしていたんだ・・！」

返された内容の重さに、再び黙り込んでしまうしか術がなかった。

「あの時・・彼女が泣きながら最後の力を振り絞って俺に手を差し伸べて来たとき・・はっきりと悟ったんだ・・
俺は彩子を危険から守ってやることが出なかった・・・そして信じ通すことも・・・
その挙げ句に彼女との思い出からも逃げ出したんだ・・・ってな・・・
最低だろ？？彩子は・・彩子はずっと俺との約束を果たそうと・・・最期までそれだけを考えてくれてたっていうのに・・
だから俺は彩子を抱きしめられなかった・・こんな自分勝手な俺に・・そんな資格なんてある筈ないじゃないか・・！！」

声を振り絞るようにしてそう言うと、隼人はがっくりと膝を突き、そのまま力なく項垂れてしまう。
その様子に、今回の件で彼が受けた心の傷の深さを思って、耕作は胸がふさがれる思いだった。
けれど、だからこそ余計に、このままではいけないという気持ちが強くなる。
何があっても動じないと信じていた彼が、思いがけない弱さを秘めていたと知っただけに尚更だった。



それからどのくらいの時間が過ぎたのだろうか。
まるで自分の覚悟の程を示すように、ふぅ〜・・・と大きく息を吐くと、耕作は依然として項垂れたままの隼人に声をかけた。