果たして。
多分ここだろうとあたりをつけたその場所は、眼下に海を見渡せるテラスになっていて、丁度その海側から差し込む夕方近くの日差しが、そこにいる人物の影を手前に長く引き伸ばしていた。
小走りで近寄っていくと、耕作の予想したとおり、申し訳なさそうな・・けれどそれ以上に切実な口調の声が、彼の耳に直接飛び込んでくる。
そしてそれとはまさに対照的な、冷静だがどこか他人の好意を寄せ付けようとしない声も。

「気に障ったら謝ります・・けど隊長・・俺、隊長のことが本当に心配なんですよ。
・・だから・・・何か俺たちにできることがあったら言って欲しいって思って・・」

「拳、俺のことを気にかけてくれるのはありがたいが、これは俺自身の問題なんだ。
だから、もうこれ以上余計な心配はしないでくれ・・！」

余計な心配・・だって！？

そのフレーズは、まるで槍の穂先か何かのように、耕作の胸に鋭く突き刺さる。

「隊長・・・」

そして次の瞬間、泣き出すかと思うぐらい途方に暮れた呼びかけを聞いて、我知らず耕作は目の前の人物に叫んでいた。

「隊長！！いくら何でも、そんな言い方はないでしょう！？
拳がどんな気持ちでいるか、貴方には分かっているんですかっ！！
拳だけじゃない・・俺達があれ以来、どれだけ隊長のことを・・」

「だからそれが余計な心配だと言ってるんだ・・！
頼む、もう俺にかまわないでくれっっ！」

「たいち・・」

拳が言い終わるより早く、鈍い音がその場に響く。
その後に残ったのは、信じられないという面持ちで耕作を睨みつける隼人と、彼の視線を冷静に受け止めた後、いまだ生々しく残る感覚を確かめるように、握った拳に改めて目をやる耕作の姿だった。

「こ・・こうさくっっ！！」

おろおろしながら拳が呼びかけるのにもかまわず、もう一度隼人に視線を戻した耕作は、彼の目を正面から見据えてきっぱりと言う。

「あの時のお返しですよ、隊長」

そして隼人の返事を待たず、傍らの拳に向き直った。

「分かっただろ、この人に何を言っても無駄なんだよ」

「でも耕作・・俺達は仲間だろっ・・！？」

「だからそう思ってるのは俺達だけだってことさ。この人にとってはそうじゃないんだ・・もう止めろ、これ以上何を言っても、お前自身がもっと傷つくだけだ・・」

耕作は、言葉を失って立ちつくす拳の肩に、ぽん、と自分の手を乗せると、その顔を見遣って、無理矢理作った笑顔で微笑んでみせ、そのまま彼を連れて後も見ずにもと来た方へと歩き出した。
と・・次第に遠ざかるその背中に、いつになく掠れた声で隼人が呼びかける。

「それは違う・・俺はただ・・俺のことでこれ以上２人に迷惑をかけたくなくて・・それであんな言い方を・・・」

「どう違うっていうんですか！？」

足を止め、しかし振り返らないままで、耕作が言い返す。

「あんたは何時だって肝心なことは自分だけで決めてしまうし、迷惑を掛けたくないからといって、俺達に相談しようともしない。それって結局は、俺達の存在があんたにとってはその程度だってことでしょう！？
体の言い言い訳をしながら、結局あんたは・・自分の胸の内を絶対に俺達には見せようとしないんだ、違いますか！？」



「・・すまなかった」


ぽつり、と隼人が呟きを漏らす。

「・・・今更謝られても・・」

その言葉を切り捨て、再び歩き出した耕作だったが、

「今回の件では、本当にお前達に迷惑を掛けたと思っている・・彩子のことも・・俺は結局お前達に任せっきりだったもんな・・
けれど俺は・・俺はあの時・・どうしてもあの場にいられなかったんだ・・何故なら・・・俺にはその資格がないから・・・
俺は本当は・・彩子に合わせる顔すらない人間なんだよ・・！」

「・・・隊長・・・」

半ば呻くような声で発せられた激白に、思わずその歩みを止め、拳と同時に後ろを振り返る。
そこには、苦渋の色を露わにした隼人が、ただ呆然と立ちつくしていた。