「なぁ耕作・・あの時・・隊長はなんで１×・・彩子さんに触れようとしなかったのかなぁ・・」

国際暗殺結社イアスコの事件が苦い解決をみてから１０日余り経ったある日の午後、定期パトロール中の止めたスクラムヘッド内で、さっき買ったミネラルウォーターのペットボトルを片手に持ったまま、少し躊躇いがちに拳が口を開いた。

「だって本部長の話じゃ、２人は付き合っていたって・・なら、抱きしめたっておかしくないのに・・」

傍らから言葉が返らないのもかまわず、半ば独り言のように続ける。

「それだけじゃない・・あの後、彩子さんをロボット刑務所に運ぶのすら俺たちにまかせて、自分は先に戻っちゃったし・・・
あの時は、きっと隊長もショックを受けてるんだろうと思ってだけど、やっぱり・・なんか納得いかないんだよなぁ・・・
それに・・あれからこっち、ずっと悩んでるみたいなのに、結局俺たちには何も言ってくれないしさぁ・・
だから俺・・」

「いい加減に止めろって・・！」

「え・・・！？」

思いがけず語気荒く言い返されて、驚いた拳は耕作を凝視する。
その横顔は明らかに怒っているようだったが、それでいてどこか悲しそうで、咄嗟にはその真意を測ることができなかった。
視線に気付いたのか、耕作が拳と目を合わせ、そのまま自嘲気味に続ける。

「所詮俺たちには隊長の心の中なんか分からない、だから・・そんなこと考えるだけ無駄だって言ってんだよ」

車内を覆う一瞬の沈黙。
しかし、それもすぐにひたむきな拳の言葉によって破られた。

「けど・・俺たち仲間だろ？？
なのに隊長が悩んでるのを黙って見ているだけしかできないなんて・・そんなのおかしいじゃないか・・！
・・俺、少しでも隊長の力になりたいんだよ」

「拳・・」

自分にはない天性の素直さを持つ、年下の大切な仲間。
そんな彼の気持ちが痛いほど伝わってきて、耕作は喉まで出かかった己の返事を思わず飲み込んだ。
そのままさり気なく話題を変える。

「おい、そろそろ再開しようぜ。サボってる、なんて思われたら困るからな」

「あ・ああ・・そうだな・・そうするか」

明らかにまだ話し足りない風ではあったが、耕作の様子に何かを感じ取ったのか、拳もそれ以上は何も言わず、２人は互いに少しだけ胸の内にしこりが残るのを自覚しつつも、パトロールを続けることにしたのだった。


しかしその数日後。

「おい愛、隊長と拳・・どこに行ったか知らないか？？」

とある事件の聞き込み捜査から戻った耕作は、先に帰っているはずの２人の姿が見えないのに気付き、傍らでＳＩＭのデータ入力にいそしむ愛に尋ねる。

「ああ・・隊長なら、さっきちょっと気分転換に風に当たってくるからって言って出て行ったわ。でも拳さんは・・あれ？？変ねぇ・・つい今までここにいたのに・・
出て行くの、気がつかなかったみたい・・」

キーボードを打つ手を止めて、とまどいながら愛が答えた。

「・・ふぅん・・あ、仕事の邪魔して悪かったな」

彼女の手を止めたことを詫びてから、自分も捜査の結果をまとめようととりあえず席に着いた耕作だったが、愛の言葉に何か引っかかるものを感じて妙に落ち着かない。

（・・俺、少しでも隊長の力になりたいんだよ・・・）

あの時の拳の言葉が蘇ってくる。

・・まさか、ひょっとしてあいつ・・・

その可能性に思い至った途端、ガタンという大きな音を立てて、耕作ははじかれたように立ち上がった。

「・・ったく・・無駄だって言うのが分からないのか・・」

そう小さく独りごち、沸き上がってくる苦々しさに、思わずちっ、と舌打ちする。
そして、

「愛、俺も気晴らしに風に当たってくるわ」

殊更に平静を装ってそう言うと、そのまま執務室を後にしたのだった。